”信頼する”とはどんなことか?

「信頼している」、「信じている」と人は言うが、それはどんなことなのか?
ある人に対して、黙ってすべてを認めてあげることなのか。
”信頼する”とはどんなことか?自分なりに考えてみた。

個人的には、頻繁にコミュニケーションをとっている人は信頼があるように思える。
年に2、3回 会う程度では信頼とは言えないような気がする。
しかし、一度 強固な絆が生まれれば、離れていても大丈夫な気もする。
人を信頼させるのものは何だろうか?

信頼していたり、信じている人の行動は黙認できる。
失敗してもどうとも思わない。
多少の乱暴な言葉も意に介さない。
コミュニケーションが円滑なことも、信頼の一つのようだ。
さらに、黙っいても気にしないことから、その人の人間性や人格を
捉えていることも要因にあげられる。

”信頼する”とは何なのだろうか?
考えてみるが、なかなかつかみどころがない。

いまのところでまとめてみる。
「コミュニケーションをとる際に、億劫にならないこと」が信頼だとしておこう。
勝手な想像をして気を使うと、かえって嫌がられることがある。
だけど、あらかじめ聞くことができないような間柄は信頼でだないように思える。
「気兼ね無く要件を尋ねられること」を信頼の大きな部分とすることにする。

ただし、これでは一方的すぎる。相手の都合を考慮していない。
そこで、この方向を変えてみる。
つまり「気兼ねなく要件を尋ねてもらえること」が信頼なのだと思う。
また、そんな間柄を継続して築きあげる行動こそが真の”信頼”なのだと思う。
そうなると、礼儀正しいこと、明確な表現で発言すること、
信念のようなブレない行動指針を持っていることなども必要になるだろう。


最近のよく言われるキーワードに、コミュニケーション能力があげられる。
これは、単純に円滑な意思疎通を求めているわけではない。
信頼を築く行動ができるかどうかへの問いなのだ。
現在の日本のビジネスマンのどれだけの人々が、”信頼する”ことを
重視しているのか疑問に思う。

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